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原始仏典、いつ日本語になったの?パーリ語から日本語へ翻訳

 

えん坊
えん坊
ぼーさん、原始仏典ってこんなに古いお経なのに、
なんで日本では、あまり知られてないの?
ぼーさん
ぼーさん
中国経由の北伝仏教(大乗仏教)のお経や仏像は今から約1500年前の538年欽明天皇のときに朝鮮半島から日本に来たんだけど、

南伝仏教のパーリ仏典「原始仏典」のお経がきたのはなんと今から約100年前の明治時代になってからなんだって!つい最近なんだね!

 

パーリ仏典が日本語になったのは

①1815年イギリスがセイロン島占領

まず、1815年イギリス人がセイロン島(現在のスリランカ)を占領した歴史背景がきっかけみたいだね。

 

セイロンを占領して植民地にした当時のイギリス人は、現地でキリスト教を広めようとしたんだ。まずはセイロンの歴史を調べるために、古代インド語であるパーリ語を調べたみたいだよ。
そしてさらに、仏教徒が多いセイロンの人々のことを理解するためにも、仏教のパーリ仏典も研究して英訳に翻訳していくんだ!

 

ぼーさん
ぼーさん
現在のスリランカでも、パーリ仏典を根本経典にしている上座部仏教が中心なんだよ!
えん坊&ぷーにゃ
えん坊&ぷーにゃ
キリスト教を広めようとしたのに、逆に西洋の人が仏教の魅力に引き込まれていくんだね!
サーリプッタ
サーリプッタ
ふふふ。世尊が何をお覚りになったと思っているんですか?

それは、「真理」ですぞ!
ニヤリ!

 

②それから、西洋で仏教研究がさかんになる

そして、西洋で仏教研究が盛んになり、
1881年にイギリス人の東洋学者であるリス・デヴィッズ(1843-1922)が
パーリ聖典協会(Pāli Text Society、略称:PTS)をロンドンに作り、
南伝上座部仏教の「パーリ経典」の翻訳を1921年に出版したんだ。
この翻訳されたパーリ仏典(PTS版)は現在でも仏教研究の大事な礎になっているんだ。

えん坊&ぷーにゃ
えん坊&ぷーにゃ
リス・デヴィッズの奥さんのキャロラインさんもパーリ語を研究してて、生涯をかけて夫婦でパーリ仏典の研究をしてたみたいだよ!

 

③1941年「南伝大蔵経」が日本語に翻訳される

そして1941年、ついに日本でも、リス・デヴィッズが翻訳した「パーリ経典・PTS版」を底本にして、高楠順次郎先生(1886-1945)が『南伝大蔵経』(全65巻)を日本語に翻訳したんだ!

ぼーさん
ぼーさん
ただし、文語体の日本語なので読みづらくて理解するのが難しいんだ、、。
えん坊
えん坊
ほんとだね、これではなかなか読める人いないよね、、。

 

日本語で読める主な「原始仏典」

①春秋社「原始仏典」
②大蔵出版「パーリ仏典」片山一良先生著
③「小部経典」著者:正田 大観(しょうだ だいかん)
④中央公論社「世界の名著・バラモン経典・原始仏典」

さらに詳しく知りたい人はこちら↓

(参考:「図解」ブッダの教えもくじはこちら

(参考:原始仏典とは?いつ、どうして出来たの?はこちら

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えん坊
えん坊
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ぼーさん
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