輪廻(りんね)と三界(さんかい)をわかりやすく「図解」で説明します。輪廻とは、我々生きものである衆生(しゅじょう)が煩悩(ぼんのう)と業(ごう)によって三界(さんがい)の迷いの世界を生まれてきては死んでいくのを繰り返すことです。車の「輪」が「廻」っているのに例えられ、「輪廻」(りんね)と表現されています。その輪廻する世界から解脱する方法がブッダの教えです。


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輪廻(りんね)とは?
車の「輪・わ」が「廻・まわ」っているのに例えられ、
「輪廻」(りんね)と表現されています。
輪廻(りんね)とは、どこを廻っているのか?
1.人の生死の繰り返し
生まれてきては、死んでいく、そして、また生まれてくる。
人の生命が繰り返される循環の意味があります。
また、
人がこの世で生存しているときは、
2、三界(さんがい)の世界の行き来の繰り返し
煩悩(ぼんのう)と業(ごう)によって、欲界(よくかい)・色界(しきかい)・無色界(むしきかい)の三界(さんがい)の世界を行ったり来たり繰り返すことです。
輪廻(りんね)は、
- 生死の繰り返し
- 生きながらにして、欲界・色界・無色界の三界の行き来の繰り返し
輪廻(りんね)からの解脱が「ブッダの教え」
ブッダは生きることのはかなさ(生きてると悲しい気持ちや苦しい気持ちになったりして気持ちが沈むこと)から解決する方法を求めて出家します。出家してブッダは6年間の苦行をしましたが、苦行をやめて、菩提樹(ぼだいじゅ)で瞑想にはいり、みごと成道(じょうどう)して覚りました。その時の悟りで、ありのままの自分自身と、ありのままの世の中を観察して、体感して、実感する、体現をしました。
このありのままの自分と世界を「如実知見」(にょじつちけん)したことが「真理」です。
「真理」とは、
過去・現在・未来いつどんな時でも、寒いころと、暑いところ、高い場所、低い場所、どんなところでも「変わることがない、ありのままの事実の法則」のことです。
その「変わることがない、ありのままの事実の法則」のひとつに、
生まれてきて生存している生き物は、すべて死んでしまい、死んだあとに”また”生まれてきて生存してくる、
「すべてのみんなが、この繰り返される輪廻の世界に生きている、はかない生き物である」
と、ブッダはありのままにその事実を体現したのです。
世の中の人々はこのことに気がついてないので、嬉しかったり、悲しかったりと心が一喜一憂してしまい、はかなさの世界で生活をして死んでいっては、また生まれてきての繰り返しをしているのです。
ブッダは成道で輪廻からの解脱を体現した
ブッダは菩提樹の下で瞑想をして成道しました。成道して
「再生することはなくなった。輪廻は尽きた」
と解脱したことを言っています。
この成道のエピソードは原始仏典の「沙門果経」「三明経」にでてきます。
瞑想で輪廻して再生してるのがわかる
色界の四禅(しぜん)の瞑想で第四禅を修得すると、
神通力が得られて、再生している自分や他人が見えてきます。
成道したときのエピソードを紹介します。


〈過去の生存を想起する智・宿住随念智〉
過去の生存を想起する智(宿住通)も獲得して、何世代前の過去での生存や、破壊の劫や創造の劫すべて想い起すのです。「過去のわたしはこういう名前で・・・、」を想起するのです。
〈天眼の智・死生智〉
逝ける者たちの死と再生に関する智(死生智)も獲得して、心を向けます。かれは清浄で超人間的な天の眼によって、生ける者たちが、劣ったもの、優れたもの、美しいもの、醜いもの、幸福なもの、不幸なものとして、死に変わり生まれかわるのを見ます。いけるものたちがその行為に応じて転生するのを洞察します。生きるものは、身体による悪行、言葉による悪行、心による悪行を身につけ、聖者たちを誹謗し、邪悪な考えをいだき、邪悪な考えによる行為に耽る。かれらは肉体が滅んだ死後、苦処、悪道、悪趣、地獄という世界に再生する。別の生ける者たちは身体による善行、言葉による善行、心による善行を身につけ、聖者たちを誹謗せず、正しい考えをもち、正しい考えによる行為をなす。かれらは肉体が滅んだ死後、善道、天界という安楽な世界に再生する。と洞察します。
〈煩悩を滅する智・漏尽智〉「四諦を洞察します」
諸煩悩を滅する智慧(漏尽智)を獲得して、心を傾けます。するとかれは、
「これが苦しみである」「これが苦しみの原因である」「これが苦しみの滅尽である」「これが苦しみの滅尽にいたる道である」とあるがままに洞察します。
「これらが諸煩悩である」「これらが煩悩の原因である」「これらが煩悩の滅尽である」「これが煩悩の滅尽にいたる道である」とあるがままに洞察します。
このように観察すると、欲望の煩悩からも心は解放され、生存の煩悩からも心は解放され、無知の煩悩からも心は解放されます。
解放されたときに、解脱の認識が生まれます。それは「輪廻の再生はなくなった。梵行は完成された。なすべきことはなされた。もはや再びこの迷いの世界に生まれかわることはない。」と洞察します。
次に、この世で生きているときの輪廻を見てみましょう。
三界(さんがい)の欲界を日常で過ごしている
1、欲界(よくかい)
日常世界をすごいしているときの世界です。
この世界では、人は自分の身体の眼や耳や鼻や舌、身体、心で触れる物事で煩悩が生起しては消滅して過ごしています。
2、色界(しきかい)
瞑想しているときの、清らかな身体の世界です。
瞑想をやめて、日常生活にもどると、欲界で過ごすことになります。
3、無色界(むしきかい)
清らかな身体も、意識することも薄れている瞑想が深まっている世界です。
瞑想をしないで過ごしている人には、
欲界のみで過ごしていることになります。
輪廻からの解脱が書かれている経典
長部経典 第2経「沙門果経」


長部経典 第13経「三明経」

