この中部経典 第50経「降魔経」(こうまきょう)モッガラーナの前世のお話は、以前に「原始仏典の教えを拾うために」大まかにまとめた内容をほぐし読みに整理しました。
目次 クリックでジャンプ
中部経典 第五十経 降魔経 (こうまきょう)
「モッガッラーナの前生譚」
《経典のあらすじ》
悪魔パーピマンがモッガッラーナの腹に入りこむが、モッガッラーナの前世は悪魔ドゥーシンであったことをパーピマンに打ち明かす。前世の悪魔ドゥーシンには妹のカーリーがいて、妹カーリーの息子が悪魔パーピマンであったことを伝えて、悪魔パーピマンを退散させるのが描かれている、経典らしくない内容のお経ですが、大変興味深い内容です。
《モッガラーナが一人でいる時》
モッガラーナが空き地で一人で経行(きんひん・きょうぎょう)をしていました。
経行(きんひん)とは、座禅中に疲労をいやし、眠気を覚まし、または衛生のために、一定の場所を歩くこと。
すると、突然、
《悪魔パーピマンがモッガラーナの腹に入る》
悪魔パーピマンがモッガッラーナの腹の中にばれないように入ります。
そこで、
モッガラーナは経行をやめて、
注意深く思い凝らしてみました。
すると、
悪魔パーピマンが自分のお腹に入っているのを見ました。
そして、
お腹の悪魔パーピマンに、
こう告げます。
悪魔パーピマンは、
自分の存在をモッガラーナに知られたことに驚いて、
モッガラーナのお腹から出てきました。
モッガッラーナは悪魔パーピマンに、
こう伝えます。
カーリーという妹がいたのだ。
そして、
その妹の息子が、
君、悪魔パーピマンなのだよ。
モッガラーナは、
続けて悪魔パーピマンに伝えます。
その前世の時には、カクサンダ世尊が世にでていたのです。
過去七仏(かこしちぶつ)
1、ヴィパッシン
2、シキン
3、ヴュッサブー
4、カクサンダ
5、コーナーガマナ
6、カッサパ
7、シャカ(ブッダ)
過去七仏のことは、長部経典 第14経「大本経」の時に紹介しますね!
そして、カクサンダ仏の弟子の話をします。
《過去世カクサンダと二人の側近の話》
カクサンダ仏には、
比べることができない賢者のヴィドゥラ(無類の者)と、
サンジーヴァ(蘇生した者)の賢明な弟子がいました。
ある日のことです、
サンジーヴァが林の中で一人、想受滅の瞑想に入っていたら、
それをみた近所の人が、
と、
草や木や牛糞を積み重ねて、
サンジーヴァに積み上げて火をつけて去っていきました。
次の日、
サンジーヴァは瞑想から出定して、托鉢に出かけます。
火をつけた人々が、
托鉢しているサンジーヴァをみて、
と”蘇生した者”と呼び名が付いたのです。
話が戻り、
モッガラーナの前世は悪魔ドゥーシンの時の話をします。
《悪魔ドゥーシンは人々に憑りついて、修行僧を困らせる》
わたしは悪魔ドゥーシンの時に、
人に憑りついて、
そうすれば、
修行僧たちにつけいる隙ができるだろう。
と考えて、
人に憑りついて、
「禿げ頭で卑しく黒く、梵天の足より生まれたえせ沙門たち。」
と修行僧たちにに罵声を浴びせ怒らせ、困らせました。
その時、
《カクサンダ仏が四無量心を説きます。》
カクサンダ仏は、
修行僧にこう言いました。
慈しみのこころと、
喜びをともなったこころと、
偏りのない中庸なこころとを、
一つの方向へ広げて住みなさい。
同様に、
第二の方向へ、
第三の方向へ、
第四の方向へと、
上下左右すべてに、
全世界のあらゆるところに、
広大でおおいなる無限の、
怒りのない、
害を加えることのない、
慈愛の心を広げて住みなさい。
と、
四無量心の瞑想を説きました。
《悪魔ドゥーシンは再び修行僧を困らせます。》
わたしは悪魔ドゥーシンの時に、
再び、修行僧たちを困らせようと、
人に憑りついて、
そうすれば、
修行僧たちにつけいる隙ができるだろう。
と考えて、
修行僧たちを、尊敬して、尊重して、敬意を表し、供養したのです。
その時、
《再びカクサンダ仏が身受心法を説きます。》
カクサンダ仏は、
修行僧たちにこう言いました。
身体を不浄であると観て住みなさい。
すべての世間を喜びのないものであると思って、
諸行を無常であるとみて住みなさい。
と、身受心法の瞑想を説きました。
そして、カクサンダ仏と修行僧は托鉢に出かけます。
《カクサンダ仏と修行僧たちは托鉢にでる》
一方でそれを見ていた、
悪魔ドーシンのわたしも、
一人の子供に憑りついて、
托鉢についていき、
ヴィドゥラ尊者は頭から血を流しながら、
カクサンダ仏の後ろで托鉢につき従っていました。
すると、
カクサンダ仏は、
象が振り返ってみるように振り返り、
そのとたん、
悪魔ドゥーシンのわたしは、
その場から堕ちて、
大地獄に生まれました、
大地獄には、三つの名前がありました。
「六つの接触の対象をもつもの」、
「杭に打たれるところ」、
「個別に苦を受けるところ」
地獄の番人が悪魔ドゥーシンのわたしのところにきて、
パーピマンよ、
わたしは何千年も大地獄で苦しんだのです。
《モッガラーナパーピマンに偈をうたう》
モッガッラーナがパーピマンに偈で、
仏弟子を苦しめる悪の行いは、
大きな悪を受けることになると説き伏せてると、
パーピマンは消え去りました。
仏の顔も三度まで!カッ!
***「モッガッラーナの前生譚」完***
このお経のブッダの教え
《四無量心・しむりょうしん》
怒りの気持ちには、慈悲喜捨で対応することが説かれています。
慈しみのこころと、
喜びをともなったこころと、
偏りのない中庸なこころを、
無限に広げて住みなさい。


《身受心法・しんじゅしんほう》
慢心(まんしん)や傲慢(ごうまん)な気持ちには、自己を不浄でみて、無常をみることが説かれています。
身体を不浄であると観て住みなさい。
すべての世間を喜びのないものであると思って、
諸行を無常であるとみて住みなさい。


このように、
本物の原始仏典はほんとうに楽しい経典も書かれているので、
ぜひ読んでみてください↓楽しくなりますよ!

