「図解」ブッダの教え

「慈悲喜捨」(じひきしゃ)四無量心の瞑想、ブッダの教え

慈悲喜捨・四無量心「図解」ブッダの教え

原始仏典にでてくる慈悲喜捨(じひきしゃ)を「図解」と「経典」で説明します。慈悲喜捨の瞑想とは、四無量心(しむりょうしん)とも呼ばれ、慈悲喜捨のこころを限りなく広げていく瞑想です。無量(むりょう)は、はかることなく無限という意味です。「慈・悲・喜・捨」の四つの気持ちを無限に広げていく瞑想で、梵天と共生できる瞑想の教えとして経典にでてきます。

えん坊
えん坊
ねぇ、ぼーさん!えん坊にもできる瞑想ってないの?
ぼーさん
ぼーさん
えん坊にぴったりのみんなに元気を与える、慈悲喜捨(じひきしゃ)の瞑想があるよ!
慈悲喜捨(じひきしゃ)

慈悲喜捨(じひきしゃ)の瞑想

慈悲喜捨(じひきしゃ)の瞑想は四無量心(しむりょうしん)とも呼ばれています。
慈悲喜捨のこころを限りなく広げていく瞑想です。

ぼーさん
ぼーさん
慈悲喜捨は日本の仏教では「抜苦与楽(ばっくよらく)」、仏や菩薩が衆生(しゅじょう)の苦しみを抜いて(抜苦)、福楽を与える(与楽)意味合いでも使われます。

・慈(じ)慈しみのこころです。

生きるものに安楽・喜びを与える気持ち。
安楽を与えるので、与楽(よらく)とも言われることがあります。

・悲(ひ)哀れみのこころです。

生きるものに苦しみを除く、憐れみの心をもつ気持ち。
苦しみを抜くので、抜苦(ばっく)とも言われることがあります。

・喜(き)他者のことを喜ぶ気持ちです。

他人の安楽を嫉妬せずに喜ぶ、喜びの心をもつ気持ち。

・捨(しゃ)偏ったこころがなく中庸(ちゅうよう)な気持ちです。

他人に対して愛憎怨親(あいぞうおんしん)の偏った気持ちがなく平等な気持ち。

【慈悲喜捨の瞑想】

この「慈・悲・喜・捨」の4つの気持ちを、上下左右いたるところに行きわたるように、「広大に、限りなく、無限に、太陽のごとく」広げていく瞑想が、慈悲喜捨の瞑想です。

こころの中の悪い気持ちの煩悩を、善い行いの気持ちに、書き換えてくれる瞑想です。

梵天と共生できる瞑想

この慈悲喜捨の瞑想は、梵天に共生できる、または、生まれることができる瞑想として、原始仏典には何度もブッダの教えとしてでてきます。

ブッダ
ブッダ
上下横すべての方位を、すべての所を
一切の世界を広大な、大いなる、はかりしれない、怨みなく、悪意のない友愛の心で満たすのです。
友愛(慈)の心を修すると、
哀れみ(悲)の心で満たす、
喜びの(喜)心で満たす、
平静(捨)な心で満たす、
心が解脱し、輪廻の原因はそこに残っていない。梵天との共存の道ですよ。

ブッダはさらにいいます、

ブッダ
ブッダ
このように梵天と修行者は性質が同じなので親しくなるのです。身体が滅びて死んだ後、梵天を共生する根拠なのです。

原始仏典 長部 第13経 「三明経」(さんみょうきょう)に初めて出てきます。

合わせて読みたい!
えん坊
えん坊
ぼーさん!とても素敵な瞑想だね!梵天に生まれ変われるなんてすごいね!えん坊めっちゃ気に入ったよ♪♪♪
しかし、ぼーさんって、分かりやすいのはいつも最後に教えるね。
ぼーさん
ぼーさん
最後にえん坊のげんきな笑顔がみたいからさ!(笑)

下に、慈悲喜捨を論理的に考えて、ぼーさんが実践する方法も載せてみました。参考にしてみてください。

その下に、観察する瞑想と、精神統一する瞑想の図解も載せておきます!

慈悲喜捨の瞑想を論理的に考え実践する

慈悲喜捨の瞑想の実践は、

ブッダ
ブッダ

わたしは幸せでありますように
わたしの悩みや苦しみがなくなりますように
わたしの願いごとがかないますように
わたしに悟りの光があらわれますように…

わたしの親しい人は幸せでありますように…
生きとし生けるものが幸せでありますように…
わたしの嫌いな人、私を嫌っている人が幸せでありますように…

と一部抜粋していますが教えられています。

この教えの実践の内容もとても理にかなっていて素晴らしいのですが、

パーリ仏典のブッダの教えを知らない時には、「幸せとは?苦しみとは?願い事とは?悟りとは?」と、自分の抱えている漠然とした嫌なことや、自分の願望のイメージしか沸いてこないと感じました。

ぼーさん
ぼーさん
そこで、煩悩を滅したら涅槃の境地になる「大念処経」のブッダの瞑想の教えと照らし合わせて、論理的にも理にかなったと感じた、ぼーさんの実践方法を載せておきます。

慈悲喜捨で怒りや貪りを消して涅槃になる瞑想実践

「わたしは幸せです。

なぜなら、

わたしのこころから怒りや貪りが消えてなくなっているからです。

それは、

怒りや貪りの煩悩がない、涅槃の境地です。

だから、

わたしの悩みは消えて、安らぎが実現した願いが叶って幸せです。

ブッダの教えの通り、

わたしはこころから怒りや貪りがなくなると、幸せになれると実感して幸せです。

わたしは幸せです。わたしは幸せです。わたしは幸せです。」

ぼーさん
ぼーさん
「大念処経」の冒頭でブッダは「ニッバーナ実現のために」と宣言していますので、慈悲喜捨の実践で幸せになっているのを念頭において想起して四無量心を行っていきます。自分のこころの中の怒りや貪りを手放し、消していき、衰滅していくのを実感していく瞑想になります。

《合わせて読んでみて》第22経 大念処経(だいねんじょきょう)

同様に親しい人々、生きとし生けるもの、苦手な人、嫌われているだろうと思う人にも慈悲喜捨を広大に広げていきます。

怒りや貪りがないのが涅槃の境地だと理解が深まると青の部分の接続詞はいらなくなりますよ。

「わたしの親しい人は幸せです。

なぜなら、
わたしの親しい人のこころから怒りや貪りが消えてなくなっているからです。

それは、
怒りや貪りの煩悩がない、涅槃の境地です。

だから、
わたしの親しい人の悩みは消えて、安らぎが実現した願いが叶って幸せです。

ブッダの教えの通り、
わたしの親しい人は、こころから怒りや貪りがなくなると、幸せになれると実感して幸せです。

わたしの親しい人は幸せです、親しい人は幸せです、親しい人は幸せです、」

「生きとし生けるもは幸せです。
生きとし生けるもののこころから怒りや貪りが消えてなくなっているからです。

怒りや貪りの煩悩がない、涅槃の境地です。

生きとし生けるものの悩みは消えて、安らぎが実現した願いが叶って幸せです。

生きとし生けるものは、こころから怒りや貪りがなくなると、幸せになれると実感して幸せです。

生きとし生けるものは幸せです、生きとし生けるものは幸せです、生きとし生けるものは幸せです」

「私の嫌いな人、私を嫌っている人は幸せです。

私の嫌いな人、私を嫌っている人のこころから怒りや貪りが消えてなくなっているからです。
怒りや貪りの煩悩がない、涅槃の境地です。
私の嫌いな人、私を嫌っている人の悩みは消えて、安らぎが実現した願いが叶って幸せです。
私の嫌いな人、私を嫌っている人は、こころから怒りや貪りがなくなると、幸せになれると実感して幸せです。

私の嫌いな人、私を嫌っている人は幸せです、幸せです、幸せです。」

ぼーさん
ぼーさん
煩悩を滅したら涅槃の境地になる、その涅槃の境地を念頭において、

「慈悲喜捨」の気持ちを「四無量心」に広げると、こころの中の悪い気持ちが、善い行いの気持ちに書き換えられていく、瞑想の実践です。

心に煩悩が無い状態が心解脱(しんげだつ)になります。
五つの煩悩の五蓋(ごがい)が無くなれば、色界の四禅(しぜん)の瞑想も実施できますね!

ブッダの瞑想の教えと合致して、論理的で理にかなったと思える、実践方法と思いました。参考までに!

ブッダ
ブッダ
上下横すべての方位を、すべての所を
一切の世界を広大な、大いなる、はかりしれない、怨みなく、悪意のない友愛の心で満たすのです。
友愛(慈)の心を修すると、
哀れみ(悲)の心で満たす、
喜びの(喜)心で満たす、
平静(捨)な心で満たす、
心が解脱し、輪廻の原因はそこに残っていない。梵天との共存の道ですよ。

ヴィパッサナー瞑想の図解はこちら↓
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えん坊
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ぼーさん
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