「原始仏典」 ほぐし読み

「大日経」の教え わかりやすく 最初の肝心な密教の教え! 「入真言門往心品第一」(にゅうしんごんもんじゅうしんぽん)ほぐし読み①

大日経「入真言門往心品第一」(にゅうしんごんもんじゅうしんぽん)




この「大日経」(だいにちきょう)「入真言門往心品第一」(にゅうしんごんもんじゅうしんぽん)は、「密教」の教えが教説されているとても重要な第一品なので、
下記に紹介するの文献を参考にして、図解みたいにわかりやすくして整理しました。

「密教図解①」と照らし合わせてみて下さい。

アーナンダ
アーナンダ
わたくしアーナンダは如是我聞していません!大日経では登場してないのです!残念です・・・。

ちなみに、大日経を説法するのはお釈迦さまのブッダではなく、毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)です。別名、大日如来といいます。毘盧遮那仏と大日如来は同じ仏なんですよ。

ぼーさん
ぼーさん
とても重要な個所なので、理解しやすいように先に用語をまとめておきます!目次も活用ください!密教図解①も参考ください!

密教わかりやすく「図解」
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「大日経」の教え わかりやすく  最初の肝心な密教の教えを理解する

密教の重要な経典がこの「大日経」(だいにちきょう)です。

「大日経」の第一品「入真言門往心第一」で

毘盧遮那仏(大日如来と同じ仏)が、

「密教の教えの核心」を教説している、

特に重要なお経になります。

まずは、

「集会の目的」と「大事な用語」を

理解してから、ほぐし読みをみてみましょう。

大日経の「集会の目的」は「密教の教えの目的」

お経の最初は集会からはじまります。

この集会の目的が「密教の教え」の目的になります。

それは、

身体・言葉・意識の三つにおいて「平等の法門」が開かれます。

「如来の身口意と、衆生の身口意は同等である」という教えの門が人々の前に開かれました。

ぼーさん

お経の最初に出てきている「平等の法門」が教説の目的ですね!

「平等の法門」身語意平等句法門が「大日経」の密教の教え

「平等の法門」を理解してから「大日経」を読むと、

密教の教えの理解に繋がります。

(参考)講談社学術文学 著者:宮坂宥勝先生 訳注「密教経典」

を読み比べると、

「身語意平等句法門」は、
『如来の身体と言葉と意(こころ)のはたらきは、身体は言葉に、言葉は意に全く等しく、
あたかも大海の塩味が同一のように全く平等』

と訳されていました。

これでは、「如来の身口意と、衆生の身口意は同等である」とニュアンスが変わると思いましたが、

注釈書の「大日経疏」を見ると、

『身体の印・言葉の真言・意(心)の観想を、手だて(方便)として、

ほとけのさとりの楽しみを受ける「加持受用身」を体現することができる。』

つまり、

毘盧遮那仏の身体で、実践者も仏と平等の働きの智身をすること。

そうして、

生きとし生けるもの皆、その智身に入ってしまえば、

「入るところの者もなければ、入る処もない」そのことも「平等の法門」で、

大日経の説く大意と、解説されています。

ぼーさ

宮坂先生の「密教経典」の言葉が難しく、かみ砕いて表現しましたが、
現代語訳「大日経」大角修先生の訳と同じだと解釈ができました。

「如来の身口意と、衆生の身口意は同等である」

ことを理解していく教えが密教の教えで、

その教えのお経がこの「大日経」の第一品。

ぼーさん

大日経では「大海の塩味」と「海」に関連した表現が最初の一品からでてきまています!
原始仏典では「川」に関連したたとえがよくでてくるので、
作られた場所が違うのが伺えますね!

次に、

「大日経」の核心と言われる『三句の法門』の用語を見てましょう。

大日経の教えの核心『三句の法門・さんくのほうもん』 

金剛薩埵(こんごうさった)が毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ・大日如来と同じ仏)に、

最初の質問をするところです。

ぼーさん

大日経では、
「毘盧遮那仏・びるしゃなぶつ・大日如来と同じ仏」が説法をして、
「金剛薩埵・こんごうさった」が質問する、
やりとりの内容のお経です。

如来の智慧は、何を因として生じ、何を根として育ち、何を究竟(くきょう・究極のこと)とするのでしょうか?」

大日如来が、

大日如来

義を語ろう

と答えます。

大日如来曰く、

「菩提心を因とし、大悲を根とし、方便を究竟とする」

とこの三句が

如来の智慧

です。

「三句の法門」とは、

  1. 菩提心が因、
  2. 大悲を根、
  3. 方便を究竟(くきょう) 

                    如来の智慧で、法門です。

先に、「三句の法門」を簡単に解説しておきます。
後に、「菩薩の修行52段階」「四摂亊」の解説もします。

  1. 菩提心が因の、
    菩提心とは、『信じること』。「菩薩の修行52段階」の最初の『信心・しんしん』
  2. 大悲を根の、
    大悲とは、『人々を哀れむ気持ち』で、四摂亊(ししょうじ)のこと
  3. 方便を究竟(くきょう)とは、
    究竟は究極(きゅうきょく)の意味で、方便は「手立て」、
    つまり、
    「菩薩の修行52の段階」の一番上の悟りの境地『妙覚』までの到達の手段 

                    如来の智慧で、法門です。

ぼーさん

大日経の教えの核心に「方便が究極」ということは、
「法華経」の影響を強く受けていると感じました!

法華経の方便を少し見てみましょう。

【法華経の、仏の方便について】

■仏の方便(ほうべん)とは、

方便(ほうべん)の言語はウパーヤで「近づく」という意味

『到達の手段』の意味で、

さとりに導いて救済する手段

『善巧方便(ぜんぎょうほうべん)』といい、

ほとけの智慧へ導くために用いる巧みな手段

法華経(ほけきょう)にでてくる言葉と意味、用語や数の表現をわかりやすく理解する。「図解②」 https://buddha.pink/buddhism/124/ 法華経に出てくる言葉の意味わかりやすく ...
ぼーさん

密教でも「方便が究極」ということは、
「真言」・「陀羅尼」・「マンダラ」・「護摩」もすべて「手立ての方便」の教えになりますね!

そこから、先の教えが大事なことだと感じました!

次は、

世間と出世間の用語がでてくるので、先にみておきましょう。

世間(せけん)と出世間(しゅっせけん)

■世間と出世間とは、

世間(せけん)は、煩悩でけがれた世界

出世間(しゅつせけん)は、汚れた世間を出た世界

目連

四向四果でいうと、預流果以上の俗世の世界を超えた人を「出世間・しゅつせけん」で「聖者・せいじゃ」と呼び、それ以下の人は「世間・せけん」で「凡夫・ぼんぷ」と呼びますよ。ぽんっ!。

四向四果(しこうしか)「図解」
「四向四果」(しこうしか)修行者の四段階 阿羅漢が覚りの応供 四向四果(しこうしか)を「図解」で説明します。四向四果とは、「四向・しこう」修業する四段階(向かう人)、と「四果・しか」悟りの深さの...
ぼーさん

仏教の三界、「欲界と色界、無色界」も参考にしてみてください!

三界(さんがい)欲界・色界・無色界「図解」
「三界」(さんがい)とは輪廻(りんね)する世界 ブッダの教え「図解」 三界(さんがい)とは瞑想によって得られる心の3段階の境地の世界です。・欲界(よくかい)・色界(しきかい)・無色界(むしきかい)、煩悩...

次に、大悲を具体的に行うことの言葉

四摂亊(ししょうじ)・四摂法(ししょうほう)をみてみましょう。

大悲の「四摂事」(ししょうじ)・「四摂法」(ししょうぼう)

■四摂事(ししょうじ)は四摂法(ししょうぼう)とも呼ばれます。

・布施(ふせ)
分かち合うこと。

・愛語(あいご)
優しい言葉、気に入る言葉、心に訴える言葉。

・利行(りぎょう)
相手を利益する、為になる行為。
利他行(りたぎょう)とも言われたりします。

・同事(どうじ)
平等に接すること。

プーニャ&えん坊

せっかくだから、「慈悲喜捨」も参考にしてみてください!
梵天さんと共生できる瞑想なんですよ~!

慈悲喜捨・四無量心「図解」ブッダの教え
「慈悲喜捨」(じひきしゃ)とは わかりやすく 「四無量心」の瞑想、原始仏典にでてくる、「慈悲喜捨の瞑想」ブッダの教え  原始仏典にでてくる慈悲喜捨(じひきしゃ)を「図解」と「経典」でわかりやすく説明します。原始仏典にでてくる慈悲喜捨の瞑想とは、四無量心...

次に、

信解行地(しんげぎょうち)と、十地(じっち・じゅうぢ)がでてくるので見ておきます。

ここは少しややこしいですが、

あとで解説する「菩薩の修行の52段階」の表で整理すれば大丈夫です。

信解行地(しんげぎょうち)

■信解行地とは、

「菩薩の修行の52段階」の、

41段階から50段階の「十地(じっち・じゅうぢ)」と解説されています。

信解(しんげ)の意味合いが、
「さとりを求める心を発する」「仏法を信ずることによって、その教理を会得する」で、
さとりに到達するまでの道のり全体の意味があります。

ぼーさん

「信解行地」と言っているので、
信解しながら、

「行」の「十行」の十波羅蜜と、
「地」の「十地」

も含むのでしょうね!

「菩薩の修行の41段から50段階」の「十地」

41 歓喜地(かんぎじ)

42 離垢地(りくじ)

43 発光地(はっこうじ)

44 焔光地(えんこうじ)

45 難勝地(なんしょうじ)

46 現前地(げんぜんち)

47 遠行地(おんぎょうじ)

48 不動地(ふどうじ)

49 善想地(ぜんそうじ)

50 法雲地(ほううんじ)

です。

さらに、大日如来は、

「信解行地」は、「十心(じゅっしん)を建立して無辺の智を生じる。」

というので、

「十心」の用語も見ておきましょう。

十心(じゅっしん)

■十心とは、

六波羅蜜に四波羅蜜を足した、十波羅蜜のことと解説されています。

■十波羅蜜(じゅうはらみつ)は、

六波羅蜜の

1,布施波羅蜜
2,持戒波羅蜜
3,忍辱波羅蜜
4,精進波羅蜜
5,禅定波羅蜜
6,智慧波羅蜜
に、

7,方便波羅蜜
8,願波羅蜜
9,力波羅蜜
10,智波羅蜜

の四波羅蜜を加えた、「十波羅蜜」のこと。

それと、こちらも十心と解説されています。

1,利益心(りやくしん)、
2,柔軟心(じゅうなんしん)、
3,随順心(ずいじゅうしん)、
4,寂静心(じゃくじょうしん)、
5,調伏心(じょうぷくしん)、
6,寂滅心(じゃくめつしん)、
7,謙下心(けんげしん)、
8,潤沢心(じゅんたくしん)、
9,不動心(ふどうしん)、
10,不濁心(ふじょくしん)も十心

「十波羅蜜の実践」は、

菩薩の修行52段階の「31段から40段階」の十行(じゅうぎょう)の境地になります。

ちょっとややこしいので、

「菩薩の修行52段階」を一覧にしてみました。

菩薩の修行52段階

「菩薩の修行52段階」の一番上の境地から解説

■妙覚(みょうかく)

妙覚は、52位の最後(一番上)の位で仏・如来と同一視

さとりの境地、「方便が究竟」の最終目的地になります。

52妙覚(みょうかく)
■等覚(とうかく)

等覚は妙覚と等しくなったという意味で等覚

51等覚(とうかく)
■十地(じっち、じゅうぢ)

※大日経にでてくる「信解行地」の境地

大地がすべてを乗せて、
恩恵与えるのに似ているから「地」

ぼーさん

さとりへの階梯(かいてい・はしごの意味)の内容で「十地経」という単独のお経が、
「華厳経」にも「十地品」として組み込まれた重要な教えと解説されています。

「大日経」は「法華経」だけではなく、
「華厳経」の教義にも大きな影響をうけているのがわかります。

ちなみに、この十地の最初、歓喜地(かんきじ・浄菩提心と同じ)は、
世間からでた出世間の境地と言われています!

表でみると、凡人の「凡」から、聖人の「聖」になっていますね!
世間からでれて、喜んだ境地みたいです!

50法雲地(ほううんじ)
49善想地(ぜんそうじ)
48不動地(ふどうじ)
47遠行地(おんぎょうじ)
46現前地(げんぜんじ)
45難勝地(なんしょうじ)
44焔光地(えんこうじ)
43発光地(ほっこうじ)
42離垢地(りくじ)
41歓喜地(かんきじ)浄菩提心と同じ

次に、「華厳経にでてくる十地品」も簡単に見てみましょう。

■さとりの階梯「十地品・じゅうじぼん」

もともとは単独のお経が「華厳経」に組み込まれ、「大日経」にも内容がでてきています。

1、歓喜地(かんきじ)

世間を超えた出世間に入って喜ぶ境地

2,離垢地(りくじ)

汚れを離れていく

3,発光地(ほっこうじ)

自己から不動の智慧が光のように生じる

4,焔慧地(えんねじ)

光の智慧がより燃え盛る意味あい。

5,難勝地(なんしょうじ)

打ち負かされるのは非常に難しい境地

6,現前地(げんぜんじ)

「直面している境地」で大きな峠と解説
欲界・色界・無色界の三界唯心
三界のこころの世界がわかる境地

7,遠行地(おんぎょうじ)

「遠くまで行く境地」
菩薩は「無功用に、思慮を離れ分別を離れて、これまでの行を完成すべき」と決意して努力する。

8,不動地(ふどうじ)

「最も困難な境地」
遠行地から不動地の峠が一番越えがたいと強調される。

自己のはからいで生きるのをすて、仏のはからいや智慧によって動かされていく。いわゆる無功用の生きかたの境地

9,善慧地(ぜんねじ)

「善意を持てる境地」、
この境地で一毛端処(一本の毛のはじっこのところ)に無数の如来がいて、無数の衆生に説法している。

ぼーさん

量子力学の素粒子が極小のひもだと考える理論の「超ひも理論」みたいと思いました!
仏教で説かれている内容と、
現代の科学や心理学で言われてることに共通点があったりするので、
華厳経が単なる作り話ではないのだなぁ~。とも感じたりしています。

量子力学では、「目に見えてる世界は4%で、残り96%は見えていない世界」
と聞いたことがあります。自分が見えてるのはほんの一部だけなので、
見えない世界や信じられない世界も、なるべく理解できるように考える習慣にしています。

10,法雲地(ほううんじ)

「法の雲の境地」

菩薩は灌頂地に至ると言われる。
灌頂は頭の上に一切智智の水を灌ぐこと。
大法の雲を受けって保持する。

以上が十地品で、

次に、

■十廻向(じゅうえこう)

一切衆生のために功徳を向けて、さとりに向かおうとする位

40入法界無量廻向
39無縛無著解脱廻向
38真如相廻向
37等随順一切衆生廻向
36随順一切堅固善根廻向
35無尽功徳蔵廻向
34至一切処廻向
33等一切諸仏廻向
32不壊一切廻向
31救護衆生離衆生相廻向
■十行(じゅうぎょう)

十波羅蜜を行うこと

大日経で「十心・じゅっしん」を建立して無辺の智を生じる。と言われる境地

ぼーさん

「信解行地」の、
信解しながら、

「行」の「十行」の十波羅蜜と、
「地」の「十地」

も含むと思われます!

30真実行(しんじつぎょう)・智慧波羅蜜
29善法行(ぜんぎょうぎょう)・力波羅蜜
28尊重行(そんちょうぎょう)・願波羅蜜
27無著行(むじゃくぎょう)・方便波羅蜜
26善現行(ぜんげんぎょう)・般若波羅蜜
25離癡乱行(りちらんぎょう)・禅定波羅蜜
24無尽行(むじんぎょう)・精進波羅蜜
23無瞋根行(むしんこんぎょう)・忍辱波羅蜜
22饒益行(にゅうやくぎょう)・戒波羅蜜
21観喜行(かんきぎょう)・布施波羅蜜
ぼーさん

こちらも、「般若経」の六波波羅蜜、「華厳経」の十波羅蜜の教義を引き継いでいますね。

■十住(じゅうじゅう)

下の境地、十信の段階(位)を経て、心が真諦(しんたい)に安住するから「住」の境地

20灌頂住(かんじょうじゅう)
19法王子住(ほうおうじじゅう)
18童真住(どうしんじゅう)
17不退住(ふたいじゅう)
16正信住(しょうしんじゅう)
15具足方便住(ぐそくほうべんじゅう)
14生貴住(しょうきじゅう)
13修行住(しゅぎょうじゅう)
12治地住(ちじじゅう)
11発心住(ほっしんじゅう)
■十信(じゅうしん)

・仏の教法を信じて疑心のない境地の位

一番最初に信じることから始まるので、

三句の法門の「菩提心が因」のところです!

10願心(がんしん)
9戒心(かいしん)
8廻向心(えこうしん)
7護法心(ごほうしん)
6不退心(ふたいしん)
5定心(じょうしん)
4慧心(えしん)
3精進心(しょうじんしん)
2念心(ねんしん)
1信心(しんしん)
ぼーさん

十心・十住・十行・信解行地とややこしくなりましたが、
「菩薩の修行の52段階」で判断すると、

一番下の信じることの「信心」が、

三句の法門でいう、菩提心の「因」で、

そこから、

十波羅蜜の修行などをして、

一番上のさとりの境地「妙覚」に向かっていくことですね!

一覧にしたら理解出来ました!

そして、次に経典では

六無畏(ろくむい)

究極の境地になると、「六つ不安のない」

六無畏(ろくむい)を伝えます。

これは、

真言修法の瞑想がすすむにつれて、

畏れるものがなくなる段階の事を言っています。

瞑想の段階と、六無畏の対応表も載せておきます。

瞑想の三段階(三劫・さんごう)と、六無畏の対応表

三劫(さんごう・瞑想の三段階)と、六無畏(ろくむい)対応表
参考:密教経典 講談社 宮坂先生
ぼーさん

それは第一劫(だいいちごう・最初の真言行)を超えて瑜伽行をすることになるのです。

と、ほぐし読み部分の文章を黄色にしています。

そして、最後に、

十縁成句(じゅうえんじょうく)

十縁成句(じゅうえんじょうく)の、

幻想をみて惑わされてはいけないと、「10個の注意」を、

毘盧遮那仏はつたえて一品は終了します。

では、

ほぐし読みでみてきましょう!

アーナンダ

それでは、ほぐし読みスタートです。
わたくしも聞いたことないので、ワクワクです!キラキラ!

「大日経」入真言門往心品第一(にゅうしんごんもんじゅうしんぽん)ほぐし読み①

大日如来「大日経」

■入真言門往心品第一(にゅうしんごんもんじゅうしんぽん)

《金剛法界宮で集会がはじまる》

毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ・大日如来と同じ仏)は、

金剛法界宮にて集会を始めようとしています。

金剛薩埵(こんごうさった)は金剛秘密主とも呼ばれ、

すべての持金剛者(金剛杵を持つ菩薩たち)の上首として集会に参加しています。

普賢菩薩(ふげんぼさつ)を上首とする菩薩衆もこの集会に参加しています。

身体・言葉・意識の三つにおいて平等の法門が開かれます。

如来の身口意と衆生の身口意は同等であるという教えの門が人々の前に開かれました。

《金剛薩埵は毘盧遮那仏に質問します》

金剛薩埵は毘盧遮那仏を讃えてから質問します。

「毘盧遮那仏は一切智智(いっさいちち)を得て、衆生に方便でもって教えを伝えました。

ある者には、声聞・縁覚の二乗を、ある者には大乗の菩薩道をもって一切智智の法を教示されました。

金剛薩埵

このような如来の智慧は、何を因として生じ、何を根として育ち、何を究竟(くきょう・究極のもの)とするのでしょうか?

《大日如来の回答が「三句の法門」》

毘盧遮那仏はこたえます。

毘盧遮那仏

如来の一切智智は、菩提心を因として、大悲を根本として、方便を究竟とするのです。

菩提とは自己のこころを正しく、ありのままにみることです。

それが阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい・この上ないこと)であるから、

自己のこころを離れて得られることはないのです。

なぜなら、

菩提の姿は虚空の相で、自性(じしょう)をもたないので、

理解や開悟の対象ではないのです。

菩提は無相なので、一切諸法も無相で、虚空の相なのです。

ぼーさん

菩提とは、自己のこころをありのままにみる。しかし、無相で自性をもたない理解不可なもの

すると、

金剛薩埵は毘盧遮那仏に次の質問をします。

金剛薩埵

では、一切智はどこにもとめられるのでしょうか?

正覚はどこに成就し、かの一切智智を発動するのでしょうか?

毘盧遮那仏は答えます。

毘盧遮那仏

菩提と一切智は、こころにもとめよ。

さらに説明を続けます。

なぜならこころの本質は清浄なのです。

しかし、

そのこころは自己の内にさがしても得られないのです。

こころは自分の身体でも対象物でもないのです。

こころの本性は、欲界でもなく、色界でもなく、無色界でもなく、天の神々の境地でもない。

こころは見えなくて、顕現(けんげん)するものではないのです。

なぜなら、虚空の相が、心の本来の姿であり、

いろんな分別と無分別を離れているのです。

ぼーさん

菩提は自分のこころをありのままにみる、こころの本質は清浄なもの、なぜなら虚空の相がこころの本来の姿

こころと虚空界と菩提の三つは無二であるから、

これらは、

悲を根本として、

方便を成就するのです。

ぼーさん

ほとけを信じる心(自性をもたない清浄なこころ)の菩提心を因として、

人々をいつくしむ、大悲の四摂亊(ししょうじ)の

方便である手段を行いながら、

「菩薩の修行の52段階」の上のさとりの境地を目指して、

「如来の身口意と、衆生の身口意は同等である」

を達成させる。

これゆえに知らねばならないのが、

我々がさまざまな法を説くのは、

菩薩の道をゆく者たちの菩提心を清浄にして、

その心を完全にしるようにするためなのです。

ぼーさん

密教のいろんな教えの目的は、菩提の道を進む者(修行者)の、こころの本質は清浄なことを悟らすため

菩提を知りたいのなら、

自己のこころを知らなければならない。

では、

どのようにして自己のこころを知るのか?

《自己のこころを知る方法》

除一切蓋障三昧(じょいっさいがいしょうざんまい)のあらゆる障壁が取り除かれた心境を得れば、

諸仏、諸菩薩とおなじところにいて五神通を発動し、

無量の声と言語の総持(そうじ・ダラニのこと)を得て、

住無為戒(じゅうむいかい・人為のない境地)を成就し、

邪見を離れて正見に至るでしょう。

ぼーさん

原始仏典のブッダの教えで言いかえると、

「五蓋」を取り除き、「慈悲喜捨の瞑想」で梵天と共生できる境地、

「四禅の瞑想」で「神通力」を得る、

具体的行動は、

「八正道の実践」で「正見」を得て、「四諦」を理解する。

に似ていますね。

《大日如来が諭します》

*ここから、空海が晩年にまとめた、十住心論の内容がでてきます。別で図解で説明します。

次に、金剛薩埵よ。

愚かな子供のような凡夫は自我に執着している。

ぼーさん

ブッダが説いたのも、我のない「無我」ですね。

自我の本性をみないで、

瞑想に自我をもとめたり、

浄をもとめ修行したり、

大神シヴァや自在天などの神々を拝んだり、

アートマンがあると思ったり、

超自我のプルシャがあると論じたり、

三十種もの外道に分かれて、いろいろ教義や論説をたてている。

えん坊&プーニャ

「梵網経」にでていた六師外道さんたちが、「大日経」では三十種にふえているんだね!
にぎやかで楽しそうだね!

これらはヒツジのごとく本能、欲望のままに輪廻転生していくのです。

【空海の「十住心の第一」、異生羝羊心・いしょうていようしん】

しかし、

そのような愚かな子供のような凡夫でも、

善をなしたいと思い斎(さい・節制)を心がける牙種(がしゅ)の思いが芽生えて、

第一の種子にわずか一日の節食でも喜びを感じるようになるのです。

第二にその種子が因となり、六斎日に父母や子供、に贈り物をするようになるのです。

【空海の「十住心の第二」、愚童持斎心・ぐどうじさいしん】

第三には、布施で他人に喜捨する疱種(ほうしゅ)の心の葉が芽生えるのです。

第四には、布施で優れた人に供物をささげる葉種(ようしゅ)の心の葉が広がるのです。

第五には、布施で、伎楽の演奏者や年長者にささげる敷華(ふけ)の心の花が咲くのです。

第六には、布施で、親孝行するみたいに尊者に供養する成果(じょうか)の心です。

第七には、受用種子です。仏の戒をよく保ち、来世には神々の天界に生まれ、布施の功徳をうけることができるのです。

第八に、愚かな子供のような凡夫でも、輪廻して布施の功徳で神々に生まれるので、生死流転のおそれがなくなるのです。まだ乳児の段階なので嬰童心なのです。

【空海の「十住心の第三」、嬰童無畏心・ようどうむいしん】

えん坊&プーニャ

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この嬰童心も、常・無常・空の教説によって、

解脱を求める智慧を生じるが、

空性を知らないゆえに涅槃を知らないのです。

ゆえに、

大日如来

よく空を了知して断と常を離れるのです!

といいました。

そのとき、

金剛薩埵は大日如来に

金剛薩埵

衆生はどのようなこころをもつのでしょうか?

と質問します。

大日如来は、

人々のこころの在り方を六十の心で伝えます。

《人々のこころの在り方の「六十心」》

1,貪心(むさぼる心)

2,無貪心☆(むさぼりのない心)

3,瞋心(いかりの心)

4,慈心(あわれみに囚われてる心)

5,痴心(真理をしらない愚かな心)

6,智心(世間の功利的な考えに従う心)

7,決定心(世間で地位の高い人の言葉にすぐさま従う心)

8,疑心(うたがう心・「信心」の逆で菩提心がない心ですね!

9.闇心(疑わなくていいことに疑う心)

10.明心☆(疑いを離れて修行する心)

11,積聚心(しゃくじゅしん・多様なものごとの一面だけで判断する心)

12.闘心(相手の欠点を責める心)

13,諍心(じょうしん・どんなことでも自分の考えが正しいと争う心)

14,無諍心☆(是非ともにすてる心)

15,天心(なんでも願いが叶うと思う心)

16,阿修羅心(来世を恐れず快楽にはしり、闘諍を好む心)

17.龍心(資財を多く得て願いをかなえようとする心)

18.人心(自己の利をもとめる打算から他人の利を考える心)

19,女心(過度の欲望にしたがう心)

20,自在心(なんでも自分の意のごとくになると思う心)

21,商人心(安値に仕入れて高値で売って利を得ようともくろむ心)

22,農夫心(いろいろに聞いて知識を得てから耕そうとする心)

23,河心(がしん・川が両岸に沿って流れるように、二つにとらわれている心)

24,陂池心(はちしん・池に水が流れ込むたとえで、渇きを恐れて足ることをしらない心)

25,井心(浅い井戸でも深いと思うように、深く思う心)

26,守護心(自分の家宅を守るかのように自分だけが正しいと思う心)

27,慳心(けんしん・他に与えることを嫌悪する心)

28,狸心(りしん・タヌキや猫がエサに心を奪われるように、供物や贈り物を喜ぶ心)

29,狗心(くしん・犬のたとえで、小さなことに満足して大きな望みはもたない心)

30,迦樓羅心(かるらしん・大鳥ガルダのたとえで、群れを頼りにする心)

31,鼠心(そしん・束縛を切ろうとする心)

32,歌詠心(かようしん・歌って人々の心をとらえる心)

33,舞心(ぶしん・舞部して人々の心をとらえる心)

34,撃鼓心(きゃくこしん・我こそ法鼓を撃って世の人々を目覚めさせようと思う心)

35,室宅心(しったくしん・自分の家に閉じこもるように自己を守ろうとする心)

36,獅子心(しししん・他を威圧する心)

37,鵂鶹心(くるしん・ふくろうのたとえで、いつも暗闇に思いを向ける心)

38.鳥心(うしん・あらゆることを恐れる臆病な心)

39,羅刹心(らせつしん・鬼のたとえで、他の人の善行をみても、それを認めない心)

40,刺心(ししん・いつも後悔したり、周囲の人に不安を与えたりする心)

41,窟心(くつしん・洞窟にこもって独りで満足しているような心)

42,風心(ふうしん・どこにでも広がっていく風のような心)

43,水心☆(すいしん・汚れをおとす水のように、不善を洗いすすぐ心)

44,火心(かしん・燃えさかる炎のように、一時は熱気があっても冷めやすい心)

45,泥心(ないしん・自分の罪悪を他の人になすりつける心)

46,顕色心(けんじきしん・染料のように、むやみに他人の意見に同調する心)

47,板心(はんしん・水に浮かぶ板に多く乗せると沈むたとえで、善を捨てる心)

48.迷心(めいしん・思うことと逆のことをしてしまう心)

49,毒薬心(どくやくしん・何もかも無意味で無価値だと思い、善をなす余地のない心)

50,羂索心(けんじゃくしん・縄でしばられてるかのように邪見の自我に囚われている心)

51,械心(かいしん・両足に鉄かせをはめられているかのように束縛されている心)

52,雲心(うんしん・いつも陰鬱な雨を思って晴れることのない心)

53,☆田心(でんしん・農夫が田を耕すように自己の修練に専心する心)

54,塩心(えんしん・塩が食物にしみとおるように、思いを反復し増幅する心)

55,剃刀心(ていとうしん・剃髪して出家すればよいと思うような狭い心)

56,須弥等心(しゅみとうしん・自分がまるで須弥山のように高いと思い上がる心)

57,海等心(かいとうしん・海のように、自分だけの功徳と思う心)

58,穴等心(けつとうしん・抜け穴のように、決めたこともすぐに変えてしまう心)

59,受生心(じゅしょうしん・修行して来世に受ける身のことのみにとらわれている心)

60,猿猴心(えんこうしん・さるのように落ち着かない心)

えん坊&プーニャ

よくもまぁ~、ここまで人の嫌なところ観察して表現したよね・・・。
☆の用語はいいことだと思うけど、
ふくろうのたとえの「いつも暗闇に思いを向ける心」ってなんなんだ・・・。

そして、

大日如来は言います。

これらの心は、五つの根本妄想なのです。

貪瞋痴慢疑がかさなりあって現れているもので、

かけ合わせれば、その数はおよそ百六十心になります。

これらを超えるところに出世間(しゅっせけん・解脱)の心が生じるのです。

ぼーさん

世間(せけん)は、煩悩でけがれた世界、
出世間(しゅつせけん)は、汚れた世間を出た世界

「菩薩の52段階」の十地の「歓喜地」ですね!

ちなみに、煩悩が108あると言われるお経が「多受経」です↓

煩悩(ぼんのう)の実体「図解」
煩悩(ぼんのう)とは 感受して貪・瞋・痴(とんじんち)の三毒(さんどく)がでる 煩悩の止め方 煩悩が108のお経「多受経」(たじゅきょう) 煩悩(ぼんのう)とは感受して貪・瞋・痴の三毒(さんどく)が生まれます。それを「図解」で説明します。ブッダは煩悩の湧きでてくる過程を、...
《出世間・解脱への道の教説》

はじめは自己を五蘊(ごうん)でなり、

我(が)はないと理解して、

六根、六境、六識を清める修行をする段階があります。

【空海の「十住心の第四」、唯蘊無我心・ゆいうんむがしん】

ぼーさん

五蘊・六識ですね!

五蘊(ごうん)色受想行識「図解」
「五蘊」(ごうん)とはわかりやすく「色受想行識」自己を形成する五つの要素 ブッダが見た自我の「五蘊」(ごうん)をわかりやすく「図解」で説明します。他の沙門が説く自我である「我・が・アートマン」を否定して、自...

「参考:大念処経での五蓋・五蘊・六識です」↓

大念処経⑤
法の観察 もろもろの事象 五蓋・五蘊・六処 瞑想方法 大念処経⑤ほぐし読み ブッダの教え「身受心法」(しんじゅしんほう) もろもろの事象・法の観察 長部経典 第22経「大念処経」(だいねんじゅきょう)のほぐし読みの第5話の...

それから、

業煩悩(ごうぼんのう)の切り株と、

迷いの種子の十二因縁を抜く心が生じる

【空海の「十住心の第五」、抜業因種心・ばつごういんしゅしん】

ぼーさん

煩悩発生メカニズムの十二縁起ですね!

十二縁起(じゅうにえんぎ)「図解」
十二縁起(じゅうにえんぎ)わかりやすい図解、煩悩の発生メカニズム 「十二縁起」(じゅうにえんぎ)をわかりやすく「図解」で説明します。ブッダは「苦」が生まれてくる順序、煩悩(ぼんのう)の発生メカニズム...

それは、

バラモン、ヒンドゥーなど三十種外道を離れることで、

そのような静寂の心は異教徒はしらない。

そうですね、髪の毛で出来た服を、年から年中着てて、
寂静はしらないですね。わたしはアジタです。他の五人もよろしくね!

アジタ・ケーサカンバラ
「六師外道」アジタ・ケーサカンバラ「断滅論者・虚無論者」マンガ六師外道「アジタ・ケーサーカンバラ」 「断滅論者・虚無論者・唯物論」 六師外道(ろくしげどう) 六師外道(ろくしげどう)とはブッ...

しかし、

一切の罪過を離れていく道があります。

それはすでに釈迦如来が説かれていることです。

プーニャ&えん坊

だったら最初から、ブッダの教えを学べばいいんじゃないの・・・。

ブッダ

わたしは変わることのない真理を見て成道し、それを説いたのですよ!
その成道の教えは「輪廻する苦の解決」になるのです。

五蘊、十二処、十八界(六根・六識・六境)といわれる物質と感覚、

認識などによる様々な世界は皆、法性(ほっしょう)をはなれたところに生じている。

惑わさることなく寂然界をもとめよ。

それが出世間の心です。

この心が生じるとき、

人は世間に反したり従ったりする八つの心(種子から成長の四段階を進んだり戻ったり)から離れて、

業と煩悩の「網」から放たれるのです。

それは第一劫(だいいちごう・最初の真言行)を超えて瑜伽行をすることになるのです。

ぼーさん

なんと、「網」がでてきていますね!

原始仏典 第一経「梵網経」で縁起が説かれています!

感受して生まれてくる煩悩を手放す。貪瞋痴を手放すことですね!

具体的には、

身受心法の観察の瞑想で、自己の五蓋を観察して、欲界から上の色界の境地へいくために、

四禅の瞑想する!ということに似ていますね。

次に、

《大日如来は大乗の行において教説します》

毘盧遮那仏は金剛薩埵に伝えます。

大乗の行においては、

自分と関係がない人も救いたいと思う無縁乗心をおこさないといけません。

人も物もどこかで繋がっているので法(万物)に我性(孤立して存在すること)はないのです。

修行者はすでに前世で五蘊をみつめ、

森羅万象は阿頼耶識(あらやしき)において自分で気づかないうちに、

確かな現実であるかのように認識して気づいていただろう。

自性(じじょう・自分自身であること)はまぼろしのようなものです。

ぼーさん

末那識、阿頼耶識は唯識派の教義です!
19世紀の心理学者ユングの集合的無意識は、
「大日経」に既にでてきているんですね!

それは、

自我が無いというのではなく、

無我という考えも捨ててると、

こころは本来自在なもので、

自己の心も本来は不生不滅で生まれたりなくなったりするものではないことをさとるでしょう。

なぜなら、

こころは始まりも終わりも知ることができないところにあるからです。

本来の自己の心を知るなら、

それは第二の真言行の段階を超えて瑜伽を行じる者になるでしょう。

ぼーさん

「大日経」は徹底的に、こころが清浄なのを追求していく修行なんですね!

赤字部分はあとで解説します。

次に、

《大日如来は密教から菩薩の道をいく者の教説をします。》

秘密真言の門(密教)から菩薩の道をいく者たちは、

長い時をかけて、無量の功徳と智慧と方便力を身に付けるでしょう。

そして、

声聞・縁覚の境地から脱けでて天の神々たちから帰依され礼拝されるでしょう。

空性(空の本性)は姿かたちがないので、

六根(眼耳鼻舌身意)で知覚できなく言論を超えたところにあるのです。

空性で生じ尽きることない、

有為(うい・流転する迷いの世界)と、

無為(むい・迷いがなくなった世界)の界を離れ、

六根を離れ極無自性心(自己の実体を固定的に見ない心の極み)の仏法が生じるのです。

これが、

成仏の因(さとりのもと)

ぼーさん

『身体の印・言葉の真言・意(心)の観想を、手だて(方便・到達の手段)として、

ほとけのさとりの楽しみを受ける「加持受用身」を体現することができる。』

身口意の修行のことではないでしょうか?

であると諸仏は語るのです。

菩薩の道をいく者は世間の人々に敬われ、常に供養されるのです。

そして、

菩薩の道の初期の段階を過ぎて、

信解行地(しんげぎょうじ・信じて了解した境地で、十地までの段階)に至れば、

『菩提心を因とし、悲を根本とし、方便を究竟』とする三心(三句の法門)をみつめて、

無量の波羅蜜多(さとりに至る智慧)を行い、

布施と愛語と利他行と同亊(どうじ・誰にも平等であること)の四摂法(しようほうは四摂亊と同じ)を進むのです。

ぼーさん

上で伝えたことと同じですね!

ほとけを信じる心(自性をもたない清浄なこころ)の菩提心を因として、

人々をいつくしむ、大悲の四摂亊(ししょうじ)の

方便である手段を行いながら、

「菩薩の修行の52段階」の上のさとりの境地を目指して、

「如来の身口意と、衆生の身口意は同等である」

を達成させる。

《大日如来は信解行地と十心を教説します。》

大日如来は伝えます。

大日如来

信解行地は比類なく無量不可思議の境涯であり、
十心を建立して無辺の智を生じる。

わたしはこれまでに告げたことは皆、

この信解行地によって得ることができます。

それゆえ、智者はこの一切智の信解行地を思念し、

第三の真言行の段階を超えて、初期の段階を超えなさい。

四分の一(方便の四段階のうち最上のもの)によって、

信解行地をさらに超えていくことができるでしょう。

ぼーさん

三句の法門の方便を究竟で、

「信解行地を超えていく境地」に導く

十地(じゅうち)の上なので、

「菩薩の修行52段階」の図で見ると「等覚」「妙覚」の境地ですね!

次に、六無畏が出てくるので、

三劫(さんごう・黄色の文字)と、六無畏の対応表も載せておきます!

第二十五品「三三昧耶品」の、

障りを除くことに応じて生じる三種の瞑想の境地も

参考になると思います!

三劫と六無畏 対応表

障りを除くことに応じて生じる三種↓

三つの心の三昧耶 三三昧耶品第二十五(さんざんまやぼん)「大日経」ほぐし読み㉖ この「大日経」(だいにちきょう)説菩提性品第二十四(せつぼだいしょうぼん)は、角川文庫「全品現代語訳 大日経」著者:大角修先生の本を主...

密教の実践で、
信解行地を超えたときに、

如来の身口意と衆生の身口意が、
自性は清浄で平等なのがわかる!

「如来の身口意と衆生の身口意は同等であるという教えの門が人々の前に開かれた」
この集会の目的「大日経」の教え

次に、

《信解行地を超えた、「六無畏所・ろうむいしょ」を説きます。》

金剛薩埵は大日如来に尋ねます。

金剛薩埵

菩薩にどのような恐怖や不安のない境地の無畏所(むいしょ)があるのでしょうか?

大日如来は答えます。

大日如来

六つの無畏所が生じるのでしょう。

第一に、愚童凡夫でも善をなし不善を遠ざけるのなら恐怖や不安のない境地の善無畏(ぜんむい)を得るでしょう。

第二に、もし自己をそのままに知るのなら身体の苦楽を離れた身無畏(しんむい)を得るでしょう。

第三に、もし自己の存在が色・受・想・行・識の五つの五蘊(ごうん)でなりたつと観たら、無我無畏(むがむい)を得るでしょう。

第四に、もし五蘊を超えた法(空)に心を定めるなら法無畏(ほうむい)を得るでしょう。

第五に、もし法(そんざい)にも我にもとらわれないところに心を定めるなら法無我無畏(ほうむがむい)を得るでしょう。

第六に、もし一切の蘊・界・処・能執(のうしゅう)・所執(しょしゅう)・我・寿命などの法・縁起の一切の無縁は空にして自性はないという空の智を生じるなら、万物平等の境地に至り、一切法自性平等無畏(いっさいほうじしょうびょうどうむい)を得るでしょう。

大日如来は、さらに伝えます。

《十縁生句・じゅうえんじょうくを説きます。》

もし真言門を修して菩薩の道をいく者ならば、

「十縁生句」(じゅうえんじょうく・たまたま生じる幻惑に迷わないための十の譬喩)を、

大日如来

次の、「十縁生句」を深く見つめてさとりを目指しなさい。。

1,幻とは、呪術や薬の不思議な効果で、消えるものでもなく、幻の本性も浄なのです。
そのように真言行の幻も誦し成就して一切を生じるでしょう。

2,陽焔(かげろう)の本性も空です。
その実体はないのに、人々の妄想によってうまれ、仮に名をつけて語られているのです。
真言の相(姿・形)もまた仮に名付けているのです。

3,夢は、いろんな苦楽をみますが、目が覚めれば消えてしまう。
真言で行をすることも夢のようなものだと知ることです。

4,鏡像の鏡に顔が映るように、真言は悉知(しっち・成就)をあらわすので解了(げりょう)していくのです。

5,乾闥婆城(けんだつばじょう・蜃気楼)のように、真言の行者が成就する悉地の宮もまた蜃気楼のようなものなのです。

6,声によって響きが起こるように、秘密真言の理趣(りしゅ・道理)もおこるのです。

7,月が出ると、水面に月影があらわれるように、真言の持明者(じみょうしゃ・咒を誦す行者)もまた、月影のようにたとえて語られるのです。

8,天が雨を降らせて水面に泡をつくるように、真言の悉知もまた種々に変化して現われることを知るのです。

9、万物は空であるので、衆生も、寿命も、万物をつくるものも、それを認知し得ることはないのです。こころが迷い乱れているから、さまざまな妄見が生じるのです。

10、手にたいまつを持って回せば、空中に光の輪(旋火輪・せんかりん)があらわれるように、一切は空のなかに生じるのです。

《入真言門往心品第一(にゅうしんごんもんじゅうしんぽん)ほぐし読み① 終わり》 第二へつづく

えん坊プーニャ

ぼーさん!「大日経」の

大日如来さんのいう、

「身語意平等句法門」法身仏の思想って、

最近よくきく「次元上昇、アセンション、集合的無意識」と

同じだね!密教ってすごいね!

密教を実践すると、なにか、いいことが起こりそうだね!

ぼーさん

ほんとだね、えん坊!秘密の教え密教というから、

なにか幻想的な境地を目指す教えなのかと思っていたけど、

「こころは清浄なもの」を徹底的に見ていく修行だね!

それに、

「大日経」には、苦の真理「四諦」は出ていないけど、
原始仏典で説かれている教義もたくさん出てくるね!

ほんと、

「身語意平等句法門」の実践方法も楽しみだね!

つづきも見てみよう!

金剛薩埵

次に、

密教の大日経は、原始仏典にとても似ている箇所があったので紹介します。

「大日経」の「入真言門往心品第一」は、原始仏典 第一経「梵網経」に似ている!

えん坊プーニャ

ぼーさん!「大日経」を読んでいて気がついたんだけど、
「30種の外道さんの考え方」や、「60の人の心」とか、「網」のたとえも出てきていて、
途中では、「すでに釈迦如来が説いている」。なんてのも書かれているね!

これって、原始仏典 第一経「梵網経」に似ていない?

ぼーさん

そうなんだよ、えん坊!

じつは、

原始仏典の「梵網経」の最後には、

他のお経ではみられない質問をアーナンダさんがしているんだ!

アーナンダー

このお経をなんと名付けましょう?

ブッダ

「意義の網」「教えの網」「聖なる網」「見解の網」「無上の戦勝」と名付けなさい。

ぼーさん

「大日経」の第二品には、マンダラの書き方がでているんだけど、

なんと、

金剛薩埵が毘盧遮那仏に「このマンダラをなんと名付けましょう?」

と出てくるんだ。

きっと大日経を作った人も「梵網経」を参考にしたんだと確信したよ!

五蘊、六識、十二縁起、60の人の心も62の超越する教えに似ていて、くわしくでてきているしね!

でも、大日経の途中にでてくる、

「自己の心も本来は不生不滅で生まれたりなくなったりするものではないことをさとるでしょう。」

ぼーさん

ここが「梵網経」や「大念処経」ででてくる

「感受の生起する原因と消滅と過患と出離とを正しく知って、執着を離れている。」

「苦集滅道」の四諦の教義を知らなかったのかもしれないとも感じました。

なぜなら、

原始仏典 第2経「沙門果経」には、

「出家して、戒をそなえ、感覚器官の門を守り、注意力そなえ、明瞭な意識を維持し、満足しているのです。」

とブッタは清浄な修行がさらなる成果と答え、四諦の教義まで伝えています。

「沙門果経の修行ポイント」

・戒をそなえて、

・感覚器官の防御をして、

・注意力と明瞭な意識で行動して、

・満足する。

そして、

・五蓋を除去して、

・四禅の瞑想で、

・無我の理解洞察をして、

・四諦を体現する。

修業内容です。

と具体的な修行方法と四諦の教えが載っているのですが、

「大日経」では「上記の具体的な修行内容」や、「四諦」に触れていないから、

「沙門果経」は読んでいなかった、

もしくは、

えん坊プーニャ

出家しないで、誰でもさとれる修行内容なのかも!

ぼーさん

ほんとだね!えん坊!

欲界にいながら「三句の平等」がわかるようなにする、

日常生活をおくりながら、「自性清浄に気づける」

実践方法が説かれているのかもしれないね!

えん坊プーニャ

でも、ぼーさん!真言とか陀羅尼って秘密の教えじゃないの?

ぼーさん

そうだね、えん坊!

密教って秘密の教えってよく聞くね!

でも、

三句の法門で大日如来が「方便が究極」と言っている!

ということは、

「真言」・「陀羅尼」・「マンダラ」・「護摩」もすべて、

「手立ての方便」の教えじゃないかと思ったんだよ!

『そこから先の教えが大事なこと』だと感じたから、

つづきも見てみよう!楽しみだね!

【原始仏典もどうぞ↓】

沙門果経
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ぼーさん

「原始仏典のブッダの教え」や「法華経」の共通点など、ぼーさんが気づいたことなども紹介していくので、参考にしてみてください!

参考にした本

①全品現代語訳 大日経・金剛頂経 角川文庫 著者:大角 修先生

「図解」法華経大全がとても読みやすかった、大角先生の密教経典の本です。

なんと令和元年初版なので、最近の新しい本です。

全訳ではないので、「大日経・金剛頂経」の全部の理解はできません。

が、

「全品の訳」があるので全体が理解出来ておすすめです!

この本では、最初に密教と日本の神仏の話から始まっていて、

神仏習合の話から、空海の真言密教の話へと繋がります。

お経の途中にも空海の教義の解説が入ります。

「インドで出来た中期密教」と「空海の教義」が混じるので、

経典の教義を整理しながら読む必要があります。

全体に、細かい解説に図での説明も入るので、とても分かりやすい本です。

全訳で紹介してもらえたら最高だったと思ったのですが、

元の経典が膨大な量なのかもしれないですね。

金剛頂経では灌頂法も詳しくでてきます、

さらに、「秘密成就法」の説明もでてきますので、

密教の「大日経」「金剛頂経」の経典を読みたい人で、

「秘密の教え」を知りたい人には、

文庫本で持ち運びも容易なので、大変おすすめです!

法華経のこちらも全品訳なので、おすすめです!↓

②密教経典 講談社学術文庫 著者:宮坂宥勝先生

こちらの注意は、「大日経」「大日経疏」は「最初の一品のみ」の訳です。

「理趣経」と「理趣釈」の訳がついているので、

上記の「大日経・金剛頂経」大角先生の本と合わせて読むと、

密教の主要の3経典を理解するのにいいと思います。

解説の文字が小さく端的なので、最初に読むには少し難しいかと感じました。

続きの第二品はこちら↓

マンダラの書き方
「大日経」曼荼羅の書き方 「入曼荼羅具縁真言品第二の一」(にゅうまんだらぐえんしんごんぼん)ほぐし読み② この「大日経」(だいにちきょう)「入曼荼羅具縁真言品第二の一」(にゅうまんだらぐえんしんごんぼん)は、角川文庫「全品現代語訳 大日経」...





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